
これだけ覚えよう
- 同じことを復習するとき、毎回まったく同じやり方をする必要はない。
- 一度目は読む。次は図にする。その次は何も見ずに書く。さらに人へ説明する、というようにやり方を変えられる。
- 同じ内容を違う形で扱うと、別の角度からその知識に触れ直せる。
- 忘れたり、うまく出てこなかったりしたら、その場所に合う別の覚え方を使えばいい。
- 復習とは、同じページを何度も見ることだけではない。形を変えて、同じ知識に出会い直すこともできる。
季節を変えて、登る
同じ山でも、春に登ったときと、秋に登ったときでは、見える景色が違う。
二度目を別の季節に登ると、同じ山の中に、まだ知らなかった場所が現れる。
復習という言葉を、多くの人は「同じことの繰り返し」だと思っている。
同じページを、同じように読み直す。
春の道を、もう一度春に登る。
けれど、ここまで歩いてきた今なら、別の登り方が見えるはずだ。
同じ情報に、毎回ちがう形で出会い直して、記憶を編み直すこと。それが、再符号化である。
一度目は、読んだ。
なら、二度目は図にする。
三度目は、白紙に書き出す。
四度目は、歩きながら声に出す。
五度目は、人に話す。
同じ場所を何度もなぞるのではない。別の場所にも、糸を通していく。
ここで、道具箱を開けて見せたい。
一つずつ使うものではなかった。つないで使う、工程表である。
一日目、出会う。
棚を先に立ててから読み、「なぜ」を縫いながら進む。読み終えた直後に、三十秒だけ蓋をする。
二日目、確かめる。
朝、ノートを開く前に、白紙へ描き直す。出てこなかった場所に、印をつける。
三日目から、育てる。
忘れかけた頃に、本を閉じて思い出す。机がなくてもいい。電車を待つ三分でも、一つ思い出せる。
週末、手渡す。
誰かに、五分で話す。話し終えたら、「要するに」と一言に畳んで持ち帰る。
そして、途中で引っかかったら、道具を持ち替える。
意味がつけられないなら、語呂を貸す。
順番が崩れるなら、宮殿に置いて回る。
似たものと混ざるなら、隣に並べて、ほくろを探す。
説明できないなら、「つまり?」で止まってみる。
同じ穴に落ちるなら、間違え方をノートに書く。
持ち帰れないなら、取っ手を一つ決める。
どの日も、同じ内容にちがう服を着せている。
それが、再符号化の正体である。
最後に、いちばん大事な種明かしをしたい。
この部は、忘れない方法の一覧ではなかった。
あなたはこれからも忘れる。
出てこないこともある。間違えることもある。
そのたびに、次に使う道具が決まる。
忘れることは、この工程の失敗ではない。
次の工程を知らせる合図である。
この部のはじめに、付箋を強く押している人がいた。
はがれるたびに、押す力が足りないのだと思って、また押していた。
いま、その手には、針と糸がある。
物語の船と、宮殿と、白紙と、声と、間違いノートと、手渡す相手がある。
山は、これから何度でも登れる。
季節を変えて、道を変えて。
登り直すたびに、あなたの中で、山は立体になっていく。
記憶力とは、忘れない力ではなく、忘れるたびに、別の道具で出会い直せることなのかもしれない。
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