
これだけ覚えよう
- 「AかBしかない」と思ったとき、本当にそれだけか考えてみる。
- 「参加する・欠席する」だけでなく、「少し遅れて参加する」という三つ目があるかもしれない。
- 選べないときは、決断力がないのではなく、選べるパターンが足りないこともある。
- 場合を分けたら、それぞれについて「そのときはどうする?」まで考える。
- どこにも入らないものや、二つに入ってしまうものがないかも最後に確認する。
返事が、二つしかなかった
「晴れたら、公園。雨なら、家」
子どもでも、これができる。
明日を、二つの場合に分けて、それぞれの手を決めている。
場合を分けるのは、難しいことではない。誰でも、毎日やっている。
ところが、大人のほうが、止まることがある。
LINEに、集まりの案内が届く。
「来週の土曜日、参加できるか教えてください」
行きたい。
けれど、その日は昼に用事があって、最初からは行けない。
「参加します」と打つには、少し違う。
「行けません」と返すのも、違う。
カーソルが、点滅している。
一度打った言葉を、消す。また打って、また消す。
決められないのではない。
書こうとしている返事が、二つしかないのだ。
参加か、欠席か。その二つのどちらかに、自分を入れようとして、指が止まっている。
少し考えて、こう打つ。
「一時間ほど遅れてもよければ、参加できます」
三つ目の返事を、書いた。
画面には、最初から選択肢が二つ並んでいたわけではない。
二つしかなかったのは、頭の中である。
参加と、欠席。その間に、遅れて参加、という場所を一つ作った瞬間、指が動いた。
用意した場合の中に、自分が入らないとき、人は「決められない自分」を責めやすい。
決断力が足りない。優柔不断だ。
けれど、止まっていた本当の理由は、そこではないことがある。
答えを選べなかったのではなく、選ぶための場合が、足りていなかった。
迷いの中には、性格から来るものだけでなく、場合の不足から来るものがある。
そして後者は、場合を一つ足すだけで、ほどける。
場合を足すと、次にすることまで見えてくる。
全部に出るなら、昼の用事を早めに切り上げる。
遅れて行くなら、主催者に一言、先に伝えておく。
やっぱり行かないなら、別の日に会えないか聞いてみる。
一つの「どうしよう」だったものが、三つの場合に分かれ、それぞれに、やることがついた。
場合分けは、頭の中を整理するためだけのものではない。
分けた一つずつに、手を用意するためのものである。
割り方が甘いと、逆のことも起きる。
一人が、二つの場合に入ってしまう。
「若い人」と「働いている人」で分ければ、若くて働いている人は、どちらにも入る。
分けたつもりで、線が重なっている。
どこかに入らない人がいないか。二つに入ってしまう人がいないか。
割ったあとで、一度だけ確かめる。
場合は、最初から決まっているものではない。
参加か、欠席か。二つしかないと思っていたのは、そう思い込んでいただけだ。
線は、こちらが引いている。
だから、自分の現実がどこにも入らないときは、線のほうを引き直せる。
カーソルが、点滅している。
参加でも、欠席でもない。
その二つの間に、まだ名前のない返事が、一つ、置ける。
この考え方を普通の言葉で読む
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