
これだけ覚えよう
- 覚えたいことを、頭の中の絵に変えてみる。
- 文字だけでなく、色・大きさ・動きまでつけると、思い出す手がかりを作りやすい。
- たとえば覚えにくい言葉を、ありえないくらい大きな物や、変な動きをする物として思い浮かべる。
- 言葉を絵にするだけでなく、絵を見て言葉に戻せるかも確かめる。
- 「言葉でも言える・頭でも描ける」の両方ができると、分かったつもりにも気づきやすい。
見まいとしても、見える
お願いがある。
ピンク色の象を、想像しないでほしい。
……想像しただろう。しかも、一瞬で。力も入れずに。
これが、映像の力である。
文字は、読もうとしなければ読めない。映像は、見まいとしても見えてしまう。
もうひとつ、質問を。
あなたの家の玄関のドアは、右開きだろうか、左開きだろうか。
今、頭の中で玄関まで見に行ったはずだ。ドアノブの位置。色。開く向き。
誰も、玄関のドアを暗記した覚えはない。それなのに、映像は残っていた。
装置は、もう積んである。使っていないのは、机に向かっているときだけだ。
覚えたいことを、文字ではなく映像に変えて持つこと。それが、イメージ記憶である。
文字は、一列に並んだ列である。映像には、色があり、形があり、大きさがあり、動きがある。
引っかかりが多いほど、あとで指がかかる。単語の一覧より、一枚の絵のほうが、手がかりを多く持っている。
人は文字を読むよりずっと前から、景色と表情を見て生きてきた。
抽象的な言葉も、絵に変えられる。
コツは、三つ。
派手に。動かして。ありえないほど大げさに。
「経済」を覚えたいなら、棒グラフではなく、札束が川になって街を流れていく絵にする。
「光合成」なら、葉っぱが太陽をもぐもぐ食べて、酸素のげっぷをする絵にする。
上品な映像は、忘れる。教科書に載せられない絵ほど、残る。
頭の中は、誰にも見られない。思い切り、ばかばかしくやっていい。
授業を聞きながら、頭の中で上映する。本を読みながら、上映する。それだけで、同じ一時間の残り方が変わる。
二つ目の入口——二重符号化
大事な写真は、二か所に保存する。端末と、クラウドに。片方が壊れる日のためだ。
記憶にも、同じことができる。
言葉で覚えて、映像でも覚える。すると、戻ってくる道が二本になる。
言葉の道が崩れた朝も、映像の道から帰ってこられる。映像がぼやけた日は、言葉が説明してくれる。
やり方は、矢印を往復させるだけでいい。
言葉に出会ったら、丸と矢印だけの落書きにしてみる。図に出会ったら、図を隠して、「つまりこういうことだ」と口で言ってみる。
この往復には、隠れた機能がある。
言葉では読めたのに、図にできない。図は眺められるのに、言葉にできない。
その引っかかりが、分かったつもりの穴である。
翻訳は、本当に分かっている場所しか通してくれない。
図にも言葉にもできたとき、その知識は、もうかなり自分のものになっている。
ピンクの象は、まだそこにいるだろうか。
……いるはずだ。一度しか出てきていないのに、追い出せない。
その、消えなさのほうを使えばいい。
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