
これだけ覚えよう
- 一つの言葉から、別の言葉へつながる道を作っておく。
- 「りんご → 赤 → 信号」のように、頭の中では一つのことから別のことを思い出せる。
- 覚えたいものが出たら、「似ているもの」「反対のもの」「一緒に出てくるもの」を探してみる。
- 一つの道から思い出せなくても、別の道から思い出せることがある。
- 覚えるときは、一人ぼっちで置かず、知っているものとつないでおく。
糸を張る
ある匂いを嗅いだ瞬間、二十年前の教室に立っていることがある。
思い出そうとしたわけではない。放課後の、埃と日なたの匂い。それだけで、机の並びも、窓の高さも、戻ってくる。
匂いと教室の間には、糸が張られていた。誰も、張った覚えがないのに。
十秒だけ、遊んでほしい。
「りんご」から思いつくものを、順に挙げていく。
りんご、赤、信号、横断歩道、通学路、ランドセル……
止まらなかったはずだ。しかも、力を入れていない。
今の十秒に起きたことが、頭の中の素顔である。情報は、一列に並んでしまわれてはいない。一つの言葉が、いくつもの言葉と手をつないでいる。
多くの人は、記憶を倉庫だと思っている。引き出しに入れて、番号で取り出すもの。
実際は、蜘蛛の巣に近い。
情報は、糸と糸が交わる結び目である。そして思い出すとは、どこか一本の糸を引いて、結び目を手繰り寄せることだ。
だとすれば、覚えるときの仕事も決まってくる。
しまうことではない。糸を張ることだ。
糸が一本しかない結び目は、その一本が切れたら終わる。何本もあれば、別の道から帰ってこられる。
新しいことに出会ったら、すでにある網へ引っ掛ける。
掛け方は、三つ覚えておけばいい。
似ているもの。「この国の歴史、あの国と似ていないか」
反対のもの。「この単語、あれの逆だ」
隣にいるもの。「この道具は、あの場面で出てくるやつだ」
似ている。反対。隣にいる。
どれか一本引っ掛けるだけで、ひとりだった情報が、網の住人になる。
針と糸の章で刺した「なぜ」が縦の糸なら、連想は、横の糸である。
この網は、思い出せない日にも使える。
名前が、喉まで出かかっている。あの人、あの俳優、あの単語。
正面から唸っても、出てこない。切れているのが、正面の糸だからだ。
だから、隣の糸を引く。
どこで会った人か。何に出ていたか。最初の一文字は、あ行か、か行か。
外側の糸をたどっているうちに、ふっと戻ってくる。
戻してくれたのは、思い出そうとした力ではない。別の糸が、結び目まで届いたのだ。
二十年前の教室へ連れ戻したのは、努力でも根性でもない。誰かが偶然、張っておいた一本だった。
明日から覚えるものには、こちらから張ればいい。
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