
これだけ覚えよう
- 時間を空けたあとに、何も見ずに思い出してみる。
- 習った直後には言えても、一週間後には出てこないことがある。
- 直後の「言えた」と、時間がたってからの「言えた」は、同じではない。
- 時間を空けると、本当に残っているものと、残っていないものが見えやすくなる。
- 「その場でできた」だけで終わらず、あとでも出せるか確かめる。
口の形だけ
旅先で、二つ教わった。
朝の挨拶と、店を出るときの一言。
その場で言ってみる。言えた。相手が笑って、もう一度言ってくれる。もう一度言う。また言えた。
空港へ向かう車の中でも、まだ二つとも言えた。
それから、一週間、使わないでいる。
歩いているとき、ふいに、片方が口から出る。
朝の挨拶のほう。
何も見ていない。誰にも聞いていない。前の行に書いてあったわけでもない。何もないところから出てきた。
もう一つを探す。
出ない。
消えてはいない。音の数は分かる。四つだったか、五つだったか、そのあたり。最後が少し上がったことも分かる。形はある。中身が入っていない。
ここには、開けば分かるものが何もない。
見ないでおこう、と決めているのではない。見るものが、そもそも手元にない。旅は終わっていて、教えてくれた人は遠く、書き留めもしなかった。だから、出るか出ないかだけが、そのまま返ってくる。
旅先で言えたときと、いま出た挨拶は、同じ「言えた」ではなかった。
あのときは、相手の口が動いた直後だった。音がまだ空気に残っていて、こちらはそれを追いかけていた。追いかけられたことを、言えた、と呼んでいた。
いま出たほうには、追いかけるものがない。
だから、その場で言えたかどうかは、一週間後については何も言っていなかった。どちらも本当のことだが、答えている問いが違う。
一週間は、二つを同じようには扱わなかった。
片方を、そのまま残した。
片方からは、中身だけを抜いて、形を置いていった。
なぜそちらだったのかは、分からない。教わった回数は同じで、言った回数も同じだった。分かるのは、どちらが残ったか、それだけだ。
もう一度、出ないほうを言おうとする。
口の形だけが動く。
音は、出ない。
一週間を越えたぶんが、ここまでだ。
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