記憶OS 第15章|遅延想起

これだけ覚えよう

  • 時間を空けたあとに、何も見ずに思い出してみる。
  • 習った直後には言えても、一週間後には出てこないことがある。
  • 直後の「言えた」と、時間がたってからの「言えた」は、同じではない。
  • 時間を空けると、本当に残っているものと、残っていないものが見えやすくなる。
  • 「その場でできた」だけで終わらず、あとでも出せるか確かめる。

口の形だけ

旅先で、二つ教わった。

朝の挨拶と、店を出るときの一言。

その場で言ってみる。言えた。相手が笑って、もう一度言ってくれる。もう一度言う。また言えた。

空港へ向かう車の中でも、まだ二つとも言えた。

それから、一週間、使わないでいる。

歩いているとき、ふいに、片方が口から出る。

朝の挨拶のほう。

何も見ていない。誰にも聞いていない。前の行に書いてあったわけでもない。何もないところから出てきた。

もう一つを探す。

出ない。

消えてはいない。音の数は分かる。四つだったか、五つだったか、そのあたり。最後が少し上がったことも分かる。形はある。中身が入っていない。

ここには、開けば分かるものが何もない。

見ないでおこう、と決めているのではない。見るものが、そもそも手元にない。旅は終わっていて、教えてくれた人は遠く、書き留めもしなかった。だから、出るか出ないかだけが、そのまま返ってくる。

旅先で言えたときと、いま出た挨拶は、同じ「言えた」ではなかった。

あのときは、相手の口が動いた直後だった。音がまだ空気に残っていて、こちらはそれを追いかけていた。追いかけられたことを、言えた、と呼んでいた。

いま出たほうには、追いかけるものがない。

だから、その場で言えたかどうかは、一週間後については何も言っていなかった。どちらも本当のことだが、答えている問いが違う。

一週間は、二つを同じようには扱わなかった。

片方を、そのまま残した。

片方からは、中身だけを抜いて、形を置いていった。

なぜそちらだったのかは、分からない。教わった回数は同じで、言った回数も同じだった。分かるのは、どちらが残ったか、それだけだ。

もう一度、出ないほうを言おうとする。

口の形だけが動く。

音は、出ない。

一週間を越えたぶんが、ここまでだ。


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