
これだけ覚えよう
- 「しんどい」「嫌だ」だけで終わらせず、もう少し近い名前を探してみる。
- 「体が疲れている」「明日のことが不安」のように、実は違うものが一緒になっていることもある。
- 「何に対して?」「体のどこ?」「どのくらい?」まで見ると、感情の中身を分けやすい。
- 難しい心理学の言葉を使う必要はない。「疲れ」「不安」「悔しい」など、自分に分かる名前でいい。
- 名前をつけても感情が消えるとは限らない。ただ、「何だか分からない大きなもの」ではなくなる。
何を買いに来たのか
深夜のコンビニに入って、棚の前に立っている。
何を買いに来たのか、自分でも分からない。
家を出るときにあったのは、「しんどい」という一語だけだった。それが体のどこにあるのかも、何に対してなのかも分からないまま、靴を履いていた。
菓子の棚の前で、手が止まる。
甘いものが食べたいわけではない。
飲み物の棚へ移る。喉は渇いていない。
雑誌の棚。読みたいものはない。
三つの棚を回って、ようやく分かる。欲しかったのは物ではなくて、明るい場所に少しのあいだ立っていることだった。
そこまで来ると、「しんどい」が二つに分かれる。
一つは、体のほうにある。肩と、目の奥。今日は八時間、同じ姿勢だった。
もう一つは、明日の午後の会議に向いている。今日のことでも、来月のことでもない。明日の、午後の、一時間だけ。
それぞれに、名前を当ててみる。
体のほうは、疲れだ。ほかの言い方も探したが、疲れで足りる。
会議のほうは、不安のほうだ。緊張とも言えるけれど、緊張だと、明日その場に立っている自分の話になる。いまここにあるのは、明日の午後を前もって心配している側なので、不安のほうが近い。
強さも言っておく。深夜に外を歩けるくらいには軽い。座り込むほどではない。
専門的な言葉は要らなかった。疲れと、不安。この二つなら、こちらが持てる。
分かれると、大きさも変わる。
「しんどい」は、部屋の天井まであった。八時間の肩と、明日の一時間は、それぞれの大きさに戻る。天井までは届かない。
ただ、小さくなっただけで、なくなってはいない。
肩は固いままだし、明日の午後は明日来る。名前がついたから消える、ということは起きなかった。
起きたのは、こちらが半歩、外へ出たことだ。
さっきまでは、しんどさの中にいた。いまは、しんどさを見ている場所に立っている。距離は半歩で、それ以上は離れない。
レジで、温かいお茶を一本だけ買う。
欲しかったものとは違う。
けれど、何が欲しかったのかを言えるようになったので、違うと分かった。
この考え方を普通の言葉で読む
→ 解説版で読む

