
これだけ覚えよう
- 遠いゴールだけでは、今日の行動を続けにくいことがある。
- 半年後の完成だけを見るのではなく、「今日はここまでできた」と分かる小さな区切りを作る。
- ご褒美は大きくなくていい。進んだことが自分で分かる手ごたえそのものでもいい。
- 大きなご褒美ばかりにすると、やること自体が「ご褒美をもらうための面倒な作業」になることもある。
- 遠い目的と、今日返ってくる小さな手ごたえの両方を持つ。
玉止め
一着つくろうとしている。
自分で着るものだ。布は去年のうちに買った。型紙も引いた。仕上がるのは、たぶん半年先になる。
半年先の一着は、夕方の机を動かさない。
理由が間違っているのではない。着たいと思って始めたのは本当で、いまでも本当だ。ただ、遠い。遠いものは、今日の指を動かさない。
だから、今日の分を決める。
袖の下の、まっすぐな一辺。十五分。
縫い始めると、最初の五分は、糸が絡む。指ぬきの位置も落ち着かない。
そのあと、少し進む。
一辺の端まで来る。
そこで、玉止めをする。
糸を指に巻いて、結んで、引く。小さな結び目が一つできる。
その結び目は、一着とは何の関係もない。着られるようになったかどうかも、まだ何も言っていない。半年先から見れば、ただの通過点である。
けれど、今日の指には、はっきり返ってくる。
結んだ、という手ごたえが指先に残る。布を持ち上げると、縫った一辺だけがまっすぐになっている。前は、そこが波打っていた。
十五分に対して、返ってきたものが一つある。
こういうものは、遅れて来ると効かない。
一着ができた日に、良かった、と思うのは当然だ。けれどそれは半年先で、そこまでの百回近い夕方には届かない。届くのは、その日の終わりに指へ返るもののほうだ。
大きくしない、というのも、やってみて分かった。
一度、その日の分が終わったら好きなものを買う、と決めたことがある。三日で、縫うことが買うための手続きになった。針を持つ時間が、早く終わらせたい時間へ変わっていた。
いまは、結び目一つでいい。
結び目は、縫った長さに対してではなく、針を持ったことに対して結ぶ。
進まなかった日もある。
糸が絡んで、ほどいて、また絡んで、結局、一辺の半分も行かない日。布の上には、何も残らない。
そういう日も、最後に一つ結んでから、針山へ針を戻す。
半分でも、結び目は結べる。結び目は、長さを測っていないからだ。
進まなかった日に何も結ばずに片づけると、その日は、なかった日になる。なかった日が三日続くと、四日目に布を広げるのが重くなる。
畳んで、台に置く。
一辺だけ、まっすぐになっている。
半年先の一着は、まだ遠い。
明日も、たぶん十五分だ。
この考え方を普通の言葉で読む
→ 解説版で読む

