記憶OS 第21章|教える記憶

これだけ覚えよう

  • 人に教えてみると、自分では気づかなかった「分かっていないところ」が見つかることがある。
  • 自分一人なら当たり前にやっていたことでも、「どうしてそうするの?」と聞かれると答えられないことがある。
  • 教わる人は、自分とは違うところで止まり、自分では思いつかなかった質問をしてくれる。
  • だから「教える」は、自分の説明をもう一度言うだけではない。相手の質問から、自分の穴を見つけることでもある。
  • 教えていて答えられない質問が出たら、そこは自分も調べ直せる場所。

こちらからは出ない問い

隣の家の人に、スマートフォンの写真の送り方を聞かれた。

やってみせる。指が勝手に動く。ここを押して、上へ出てくるものから選んで、ここを長押しする。

三十秒で終わる。

相手が同じことをやる。途中で手が止まって、こちらを見る。

「これ、どうして長く押すんですか」

答えられない。

長押しは長押しだ、としか言えない。二年間、毎日そうしてきた。短く押したときに何が起きるのかを、考えたことがない。試したこともない。

やってみる。短く押すと、別のものが開く。二年間、一度も開いたことのない画面が出てくる。

隣の人は、それを見て納得した顔をしている。こちらは、いま初めて知った。

自分では、この問いを作れなかった。

作れなかったのは、知らなかったからではない。困っていなかったからだ。指が正しく動くあいだ、指の外側に問いは立たない。長押しと短押しの違いは、二年間ずっとそこにあって、こちらの前を通らなかった。

そのあとも、いくつか聞かれる。

送ったあと、相手にはいつ届くのか。間違えて送ったらどうなるのか。写真は、送ったあともこちらに残るのか。

三つのうち、二つは答えられて、一つは答えられない。

答えられなかった一つは、こちらが困ったことのない場所だった。

教えることが記憶に効く、という言い方をよく聞く。もう一度自分でやり直すからだ、と説明されることが多い。

けれど、この三十秒で起きたのは、やり直しではなかった。

やり直しなら、自分の手順をなぞるだけになる。なぞっているあいだ、長押しは今日も長押しのままだ。実際に起きたのは、こちらの手順の外から、指が通らない場所を指す問いが飛んできた、ということだった。

相手は、その場所を知っていて聞いたのではない。ただ、初めてだから、そこで止まった。

止まった場所が、こちらの穴と、同じところだった。

隣の人が帰ってから、開いてしまった画面を、もう一度開いてみる。

二年間、ここにあった。


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