記憶OS 第12章|位置記憶

これだけ覚えよう

  • 覚えたいものを、よく知っている場所と結びつけて覚える。
  • たとえば「牛乳・電池・バナナ」を、玄関・廊下・台所に一つずつ置くところを想像する。
  • 自分の家や通学路なら、場所の順番はすでに覚えている。その順番を借りる。
  • 特に、順番ごと覚えたいものに使いやすい。
  • 思い出すときは、頭の中でその場所を順番に歩いて、置いたものを拾っていく。

歩き慣れた道に、置く

古代ギリシャの詩人が、宴の途中で席を外した。

その隙に、屋根が落ちた。

崩れた広間から運び出された人々は、もう誰が誰なのか分からなくなっていたという。

けれど詩人は、全員の名前を言えた。

顔でも、服でもない。

誰が、どの席に座っていたかを、覚えていたからだ。

人類最強と呼ばれる記憶術は、この日に生まれたと伝えられている。

昨日初めて入った店でも、トイレがどちら側だったかは、たいてい言える。

覚えようとしていないのに。

場所についてだけ、性能がいい。

帰る道。水のある場所。近づいてはいけない場所。

忘れて困るものには、たいてい、場所があった。

地図は、頭の古い仕事の一つである。

覚えたいものを、よく知っている場所に置いて回ること。それが、位置記憶である。

作戦は、こうだ。

ふつうの記憶は、弱い。場所の記憶は、強い。

ならば、弱い荷物を、強い棚に載せてしまえばいい。

強い棚とは、あなたがすでに完璧に覚えている場所である。自宅。通学路。毎日の駅までの道。

これを、宮殿と呼ぶ。

新しく建てる必要はない。もう、建っている。

五つ、渡したい。

牛乳、電池、バナナ、シャンプー、はさみ。

これを、あなたの家に置いて回ろう。

玄関のドアを開けると、牛乳の白い川が流れ出してくる。

廊下では、巨大な電池が二本、門番のように立っている。

台所のシンクには、バナナがぎっしり詰まって腐りかけている。

風呂場では、シャンプーの泡が天井まで吹き上がり、

寝室のベッドには、人の背丈ほどのはさみが刺さっている。

以上だ。このまま進もう。

映像は、イメージ記憶の章のとおり、ばかばかしいほどいい。

けれど、この技の主役は絵ではない。

順路である。

ふつう、順番の記憶はいちばん先に崩れる。中身は出てくるのに、何番目だったかが出てこない。

でも宮殿では、順路が変わらない。玄関の次は、必ず廊下。廊下の次は、必ず台所。

家の間取りが、順番を代わりに覚えていてくれる。

だから、順番が命の情報ほど向いている。スピーチの構成。手順のある作業。歴史の流れ。

記憶の競技会には、初めて見る数百桁の数字や、一組のトランプの並びを、数分で覚えていく選手たちがいる。

調べてみると、彼らの多くが使っているのが、この方法だという。

特別な頭を持っているというより、大きな宮殿を建てた建築家なのだ。

では、玄関から歩き直そう。

ドアを開けると、白い川。

廊下に、門番が二本。

シンクには、腐りかけの黄色。

風呂場から、泡。

ベッドに、刺さった刃物。

牛乳、電池、バナナ、シャンプー、はさみ。

順番ごと、戻ってきたはずだ。

記憶力とは、頭の中の広さではなく、歩き慣れた道に、荷物を置いていけることなのかもしれない。

束D 取り出して、育てる

ここまでの章は、入れ方と、しまい方の話だった。

針を刺した。

物語に乗せた。

映像に変えた。

束ねて、棚に置いた。

けれど、記憶には、まだ半分が残っている。

取り出す。

入れた知識には、戻る道がある。けれど、まだ細い。

道は、通るたびに残っていく。

この束で変わるのは、覚える中身ではない。

いつ、どこで、本を閉じるかである。


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