
これだけ覚えよう
- 覚えたいものを、よく知っている場所と結びつけて覚える。
- たとえば「牛乳・電池・バナナ」を、玄関・廊下・台所に一つずつ置くところを想像する。
- 自分の家や通学路なら、場所の順番はすでに覚えている。その順番を借りる。
- 特に、順番ごと覚えたいものに使いやすい。
- 思い出すときは、頭の中でその場所を順番に歩いて、置いたものを拾っていく。
歩き慣れた道に、置く
古代ギリシャの詩人が、宴の途中で席を外した。
その隙に、屋根が落ちた。
崩れた広間から運び出された人々は、もう誰が誰なのか分からなくなっていたという。
けれど詩人は、全員の名前を言えた。
顔でも、服でもない。
誰が、どの席に座っていたかを、覚えていたからだ。
人類最強と呼ばれる記憶術は、この日に生まれたと伝えられている。
昨日初めて入った店でも、トイレがどちら側だったかは、たいてい言える。
覚えようとしていないのに。
場所についてだけ、性能がいい。
帰る道。水のある場所。近づいてはいけない場所。
忘れて困るものには、たいてい、場所があった。
地図は、頭の古い仕事の一つである。
覚えたいものを、よく知っている場所に置いて回ること。それが、位置記憶である。
作戦は、こうだ。
ふつうの記憶は、弱い。場所の記憶は、強い。
ならば、弱い荷物を、強い棚に載せてしまえばいい。
強い棚とは、あなたがすでに完璧に覚えている場所である。自宅。通学路。毎日の駅までの道。
これを、宮殿と呼ぶ。
新しく建てる必要はない。もう、建っている。
五つ、渡したい。
牛乳、電池、バナナ、シャンプー、はさみ。
これを、あなたの家に置いて回ろう。
玄関のドアを開けると、牛乳の白い川が流れ出してくる。
廊下では、巨大な電池が二本、門番のように立っている。
台所のシンクには、バナナがぎっしり詰まって腐りかけている。
風呂場では、シャンプーの泡が天井まで吹き上がり、
寝室のベッドには、人の背丈ほどのはさみが刺さっている。
以上だ。このまま進もう。
映像は、イメージ記憶の章のとおり、ばかばかしいほどいい。
けれど、この技の主役は絵ではない。
順路である。
ふつう、順番の記憶はいちばん先に崩れる。中身は出てくるのに、何番目だったかが出てこない。
でも宮殿では、順路が変わらない。玄関の次は、必ず廊下。廊下の次は、必ず台所。
家の間取りが、順番を代わりに覚えていてくれる。
だから、順番が命の情報ほど向いている。スピーチの構成。手順のある作業。歴史の流れ。
記憶の競技会には、初めて見る数百桁の数字や、一組のトランプの並びを、数分で覚えていく選手たちがいる。
調べてみると、彼らの多くが使っているのが、この方法だという。
特別な頭を持っているというより、大きな宮殿を建てた建築家なのだ。
では、玄関から歩き直そう。
ドアを開けると、白い川。
廊下に、門番が二本。
シンクには、腐りかけの黄色。
風呂場から、泡。
ベッドに、刺さった刃物。
牛乳、電池、バナナ、シャンプー、はさみ。
順番ごと、戻ってきたはずだ。
記憶力とは、頭の中の広さではなく、歩き慣れた道に、荷物を置いていけることなのかもしれない。
束D 取り出して、育てる
ここまでの章は、入れ方と、しまい方の話だった。
針を刺した。
物語に乗せた。
映像に変えた。
束ねて、棚に置いた。
けれど、記憶には、まだ半分が残っている。
取り出す。
入れた知識には、戻る道がある。けれど、まだ細い。
道は、通るたびに残っていく。
この束で変わるのは、覚える中身ではない。
いつ、どこで、本を閉じるかである。
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