理解OS 第16章|前提把握

これだけ覚えよう

  • 意見の下には、本人も気づいていない「当たり前」が隠れていることがある。
  • 「車は必要だ」と思う人と「車はいらない」と思う人では、住んできた場所が違うのかもしれない。
  • 意見がぶつかったら、結論だけでなく、「何を当たり前だと思っている?」を見てみる。
  • 「普通は」「常識では」と言いたくなったら、「その普通は、どこで覚えた?」と自分にも聞いてみる。
  • 前提に気づいても、すぐ捨てなくていい。まず「自分はこの見方をしていた」と知ることが大切。

魚が最後に見つけるもの

魚が、いちばん最後に発見するのは、水である。

そんな言葉がある。

「車は、生活に必要だ」

電車が一時間に一本しか来ない町で育った人にとって、それは疑う必要のない事実かもしれない。

一方、駅まで歩いて三分の街で暮らしてきた人は、「車がなくても困らない」と考える。

二人が話し始めると、「車がないと生活できない」「なくても普通に暮らせる」と、結論がぶつかる。

けれども、争っていたのは結論であり、違っていたのは、その下に沈んでいる景色のほうだった。

意見や判断の下にある、口にされていない「当たり前」を見ること。それが、前提把握である。

人の意見は、何もない場所から突然生まれるわけではない。

育った家庭。暮らしてきた地域。過去の成功や失敗。所属している仕事や集団。

そうしたものの上に、「普通はこうだ」「当然こうする」という感覚が作られていく。

前提は、意見よりも深い場所にある。そのため、本人にも見えていないことが多い。

夫婦の一方が、少し大きな買い物をした。

「どうして先に相談してくれなかったの?」

そう言われた側は、驚く。

「この程度のことまで、いちいち相談するの?」

二人が話しているのは、買い物の金額だけではない。

一方は、生活に関わることは二人で決めるのが当然だと思っている。

もう一方は、自分で支払えることは自分で決めてよいと思っている。

どちらも、自分の前提をわざわざ説明しない。あまりにも当然だからである。

その結果、相手の行動は、「私を大切にしていない」「細かいことまで支配しようとしている」という別の意味に見え始める。

行動だけを見れば、相手の性格の問題に見える。

けれども、前提まで見れば、二人が違うルールで同じ生活をしていたことに気づく。

相手の言葉を崩すだけでは、その下にあるものは見えない。

だから、議論の技術より先に要るのは、
潜水の技術である。

前提は、「これは私の前提です」と名乗ってはくれない。

多くの場合、「普通は」「常識的に考えて」「みんなそうしている」という言葉の中に隠れている。

そんな言葉を聞いたときは、一度だけ問いを置いてみる。

「その普通は、どこから来た?」

自分の家庭では普通だった。今の職場では普通だった。周囲の友人は、みんなそうしていた。

長く続いてきた習慣は、世界全体の決まりに見えやすい。

けれども、場所が変われば、普通も変わる。

誰かの常識は、その人が暮らしてきた世界の形をしている。

悩みを話した人がいる。その人は、ただ気持ちを聞いてほしかった。

けれども、聞いた側は、すぐに解決策を考え始める。

「こうした方がいい」「それは考えすぎだよ」「まず、これをやってみたら?」

話した人は、分かってもらえなかったと感じる。

聞いた人は、せっかく考えたのに、なぜ不満なのだろうと感じる。

善意は、どちらにもある。

ただ、会話とは気持ちを受け止める時間だと考えている人と、会話とは問題を解決する時間だと考えている人がいる。

やり方を責め合う前に、何を当然だと思っていたのかを見る。それだけで、すれ違いの形が変わることがある。

前提把握は、相手の考えを分析するためだけのものではない。

むしろ難しいのは、自分が暮らしている水を見ることである。

なぜ、私はこれを当然だと思うのだろう。

親から何度も言われたからかもしれない。過去に一度うまくいった方法を、どこでも通用すると思っているのかもしれない。反対の選択をして失敗した経験が、今も残っているのかもしれない。

前提に気づいても、すぐに捨てる必要はない。

水は、悪者ではない。
誰もが、何かの水の中で育つ。

その水があったから、生きられたこともある。

違う意見に出会ったとき、すぐに正しさを争う必要はない。

相手は、どんな世界を当たり前として生きてきたのか。

そして、もう一度だけ潜る。

自分は、どの水の中から、この人を見ているのだろう。


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