
これだけ覚えよう
- 「これだけはなくしたらダメ」というものを探す。
- たくさん特徴があっても、全部が同じくらい大事とは限らない。
- 「これを捨てても、まだ同じものと言える?」と考えると、大事な部分を探しやすい。
- ただし、何が大事かは「何を知りたいか」で変わる。写真でも、年代を知りたいときと人物を知りたいときでは見る場所が違う。
- 本質とは、いつでも一番目立つものではなく、今の問いに答えるために外せないもの。
指を一本
夜おそく帰ると、台所の電気だけがついていて、食卓がそのままになっている。
みんな、いつ席を立ったんだろう。
思ったとたん、食卓の見え方が変わる。
真ん中に、蓋をした鍋。まわりに皿が三枚、箸が三膳。麦茶のグラスが一つ。窓は開いたままで、カーテンが少し動いている。テーブルの遠い角、椅子のない側に、皿のない湯呑みが一つ。
指を一本、置いてみる。
鍋を隠す。まだ分かる。 カーテンを隠す。まだ分かる。 皿と箸を隠す。まだ分かる。
麦茶のグラスを隠す。
——分からなくなる。
氷が半分ほど溶けて、上のほうだけ水になっている。ついさっきではないし、何時間も前でもない。席を立ってからの時間を答えているのは、このグラス一つきりだ。皿は三枚あっても、時間については一言も言わない。
隠したものが、いらないわけではない。指をどければ、鍋はまた真ん中にある。
椅子を引いて、座る。
電話が鳴る。父だ。まだ帰っていない。
みんな、もう食べたか、と聞く。
食べた、と答えてから、何人で、と思う。
同じ食卓に、もう一度、指を置く。
グラスを隠す。分かる。 鍋を隠す。分かる。 角の湯呑みを隠す。分かる。
皿と箸を隠す。
——分からなくなる。
三枚と、三膳。人数を答えているのは、そこだけだ。ほかのどこを隠しても、三人は三人のままでいる。
答えが分かってから、食卓はもう少し読める。三膳のうち一膳だけ短くて、椅子の一脚には座布団が二枚重ねてある。三人のうち一人は、座ると顎がテーブルの高さに来る誰かだ。
さっきまで、指をどけられなかったのはグラスだった。いまは、どけずに済む。
食卓には、一つも足していない。皿も箸もグラスも、はじめから全部ここにあった。動いたのは、知ろうとしていることのほうだ。
問いは、いつも同じ形をしている。
これを隠したら、答えも消えるか。
ただ、その「答え」が何の答えなのかは、そのつど自分で決めている。決めないまま指を置くと、どこを隠しても、何か分かるような、何も分からないような感じだけが残る。全部が大事に見えるのは、たいてい、まだ何を知りたいのかを決めていないときだ。
父が、もう一つ聞く。
今日、誰か来なかったか。
三度目の指は、迷わず一か所へ行く。テーブルの遠い角。二度隠して、二度とも黙っていたところ。椅子のない側に置かれた、皿のない湯呑み。底に茶葉が沈んで、内側に、飲んだ高さの線が一本ついている。
そこを隠すと、食卓は何も答えなくなる。皿は三枚のままだ。三枚では、四人目を数えられない。
二度は黙っていたものが、三度目に口をきく。
真ん中の鍋は、三つの問いのどれでも隠せた。いちばん大きくて、いちばん先に目に入って、いちばん食卓らしいのに、蓋がしてある。
大きいものと、答えているものは、この一枚の板の上で別の場所に置かれている。大きいほうは、指の下からでも見えている。答えているほうは、隠した瞬間にだけ、はじめて名乗る。
ここで隠しているのは、何を捨てるかを決めるためではない。皿を下げてもいないし、グラスを流しへ運んでもいない。指は、いつでも上がる。上がったとき、そこにあるものは、置く前と同じだけある。
電話を切る。
腹が減っている。
真ん中の鍋の、蓋を取る。
一人分だけ、残してある。
三つの問いのあいだ、ずっと黙っていたものが、四つ目にだけ答える。
箸を一膳、出す。四膳目になる。
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