
これだけ覚えよう
- 言い換えは、同じことを相手に分かる言葉で言い直すこと。
- 小学生に話すときと、大人に話すときでは、同じ内容でも使う言葉や例が変わる。
- 難しい言葉を簡単な言葉にするだけが言い換えではない。相手が知っているものに合わせることが大切。
- 言い換えたあとに、「元と同じ意味になっている?」と確かめる。
- 分かりやすくしようとして意味まで変えてしまったら、それは言い換えではなく、別の話になっている。
どちらから来ましたか
店の軒先で地図を広げている人に、道を聞かれた。
その道なら知っている。毎週通っている。だからすぐに答えられた。
「二つ目の信号を左、高架をくぐって、坂を上りきったところです」
相手はうなずいた。うなずいたまま、動かなかった。
わたしが渡したのは、車で行く道だった。信号の数も、高架も、坂も、ハンドルを握っている人の前に順番に現れる印だ。歩いている人の前には、まず、幅のせまい歩道があり、途中で切れる横断歩道がある。同じ建物へ行くのに、通る道からして違っていた。
「どちらから来ましたか」
聞いてから、言い直した。
「駅の北口ですね。だったら、コインランドリーの前を通ってきましたよね。あの角を右に入って、パン屋の匂いがしてきたら、そこで上を見てください。青い屋根が見えます」
相手は今度は、歩き出した。
言い換えとは、この二回目のことを指す。
一回目と二回目で、着く場所は動いていない。青い屋根の建物は、はじめから同じところに建っている。替えたのは、どの印を渡すか、それだけだ。
そして印は、相手の中にしかない。コインランドリーは、その前を通ってきた人にとってだけ印になる。通っていない人には、ただの建物の名前だ。だから、渡す前に相手の来た方角を知らなければならない。
「相手の言葉で言うと?」
この問いは、やさしい言葉を探せという意味ではない。相手がすでに歩いてきた道の中から、印を一つ借りてこいという意味だ。
言い直したあとに、一度だけすることがある。
自分でその道を、頭の中で歩いてみる。コインランドリーの前を通り、角を右へ入り、パン屋の匂いのところで上を見る。青い屋根に着く。着けば、渡していい。
「意味は、まだ同じか」
着かなければ、渡そうとしているのは、分かりやすい案内の顔をした、別の場所への案内である。
遠い場所を「すぐそこです」と言うのは、印を替えたのではない。着く場所のほうを替えている。相手は軽い足取りで歩き出して、そして着かない。言い換えがごまかしになるのは、表現を変えたときではなく、行き先が動いたときだ。
逆に、正確であろうとして通り名と番地だけを渡すこともある。地図を持っている人には十分な印が、持っていない人の前では何も指していない。正しさは、それだけでは届く条件にならない。
だからといって、最初に言った信号と高架と坂が、間違いだったわけでもない。あの言い方は、車で来た人の前へ置けば、そのまま印になる。しまっておけば、次にそういう人が立ち止まったときに出せる。二回目が正しくて一回目が誤りなのではなく、あの日そこに立っていたのが、歩いてきた人だった。
だから、言い換えには必ず宛先がいる。
「もっと分かりやすく言ってください」と言われて詰まるとき、足りないのはたいてい語彙ではない。目の前の人がどこから来たのかを、まだ聞いていない。分かりやすさは、こちらの手元にある言葉の性質ではなく、相手の歩いてきた道の側に置かれている。だから、相手が替われば、同じことを言うために選ぶ印も替わる。替えなければ、同じことを言ったことにならない。
道を聞かれたとき、答える前に、一つだけ聞ける。
「どちらから来ましたか」
届く言い方は、その返事の中にしか入っていない。
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