
夜十一時。
仕事が終わらない。
思ったより進まなかった。
返信しなければいけないものも残っている。
そんなとき、頭の中に急に大きな結論が出てくることがあります。
「自分には向いていないのかもしれない」
「どうせ、また同じことになる」
「もう全部やめた方がいいのかもしれない」
ところが、翌朝になると。
問題は何も解決していないのに、
昨夜ほど絶望的には見えないことがあります。
仕事は残っています。
返信も残っています。
昨日の失敗が消えたわけでもありません。
変わったのは、
問題ではなく、問題を見ている側の状態かもしれません。
これは「疲れているなら前向きに考えよう」という話ではありません。
問題そのものと、疲れている状態で下した評価を、一度別々に見るという話です。
疲労は「眠い」だけではない
疲れているとき、
私たちは必ず「いま私は疲れている」と自覚するわけではありません。
疲労が、
- 悲観
- いら立ち
- 自己否定
- 判断の硬さ
のような姿で現れることがあります。
すると、
「今日はかなり疲れている」
ではなく、
「自分は駄目だ」
という結論になってしまう。
ここでは、
事実と結論の間に一つだけ確認を入れます。
この結論は、疲れていない時間帯でも同じだろうか。
それだけです。
「気のせいだ」と否定する必要はありません。
本当に辞めた方がいいこともあります。
本当に変えた方がいい環境もあります。
ただ、
疲れている今すぐ最終判断にする必要があるか
は別の問題です。
疲労管理というOS
脳のOSでは、
こうした頭の使い方を「疲労管理」と考えます。
疲れを根性で消す方法ではありません。
休めばすべて解決する、
という話でもありません。
見るのは、
いま出している結論と、いまの身体・時間・休息の状態が結びついていないか
です。
夜に出した大きな結論を、
朝まで一度置く。
長く作業した後の自己評価を、
休んだ後でもう一度見る。
作業を別の作業へ替えただけで、
「休んだこと」にしていないかを見る。
そうすると、
「問題を考えること」と
「疲労に考えさせられていること」を
少しだけ分けられます。
明日の一矢を残す
疲れている日に、
全部を立て直す必要はありません。
今日は、
最終結論だけ出さない。
そして、
「明日、最初にどこを確認するか」
を一つだけ残して終える。
たとえば、
- 朝になっても同じ結論か
- 一番困っている事実は何か
- 何を変えれば状況が少し違うか
このどれか一つで十分です。
疲労管理の目的は、
嫌な感情を消すことではありません。
疲れた頭が見ている世界と、
自分の人生についての最終判断を、
同じものにしないこと。
今夜の結論は、
明日の自分にも一度見せてから決めればいい。


