
机の端に、開けなければならない封筒がある。
朝から何度か目に入っている。
「今日こそ開けよう」
と思って手に取る。
でも、
「面倒な手続きだったら嫌だな」
「請求だったらどうしよう」
「何か返事をしないといけないかもしれない」
と考えたところで、
「夕食のあとでいいか」
と、また机へ戻す。
その瞬間だけ、少し楽になります。
封筒の中身は何も変わっていません。
締切も変わっていません。
変わったのは、
今すぐ向き合わなくてよくなった
ということです。
「あとで」は、今の不快を未来へ送る
先延ばしというと、時間の使い方の問題に見えます。
でも「あとで」と決めた瞬間に気持ちが軽くなるなら、後ろへ送っているのは時間だけではありません。
面倒さ。
怖さ。
分からないものを開く嫌さ。
対応を始めたら最後まで終わらせなければならない感じ。
そういうものから、いったん離れています。
今日の自分は少し楽になる。
その代わり、未来の自分の机に、封筒と同じ不快をそのまま置いていく。
未来の自分は、今日の自分より勇敢だとは限りません。
明日になれば、また同じ封筒を見て、同じように「あとで」と思うことがあります。
何から離れたくなったのかを見る
封筒の前で感じる嫌さは、一つとは限りません。
中身を見るのが怖い。
手続きが面倒そう。
分からないことが出てきそう。
開いたら、その先の対応まで全部終えなければならない気がする。
同じ「あとで」でも、離れたかったものは違います。
だから、時間をずらした回数より、
その瞬間、何から少し楽になったのか
を見ます。
そこが分かれば、時間をずらす以外の扱い方が見えてきます。
五分だけ、不快なまま触ってみる
ここでの「五分」は、五分やれば勢いがついて最後までできる、という約束ではありません。
五分後にやめてもいい。
たとえば、
9月15日 19時に、封筒を開いて五分だけ中身を見る。
そこまで具体的に置いておく。
開いてみて、今日は読むところまでで終わるかもしれません。
手続きが必要だと分かったら、それは次の予定にするかもしれない。
大事なのは、全部処理できたかではなく、
嫌な感じが残ったままでも、五分だけその場にいられた
ということです。
先延ばしの相手が時計ではなく感情なら、必要なのは「もっと早くやる人になること」だけではありません。
先延ばしした瞬間に、何から少し楽になったのかを見る。
その不快を未来の自分へ丸ごと渡す代わりに、今日は五分だけ一緒に持つ。
「あとで」にした直前、何から離れたかったのか。
そこが見えると、先延ばしはただの日付の問題ではなくなります。


