
これだけ覚えよう
- 分かったつもりのことを、頭の中で映像にして動かしてみる。
- たとえば「ハガキを出す→相手に届く」を、ポストに入れてから届くまで順番に思い浮かべてみる。
- 途中で映像が止まったら、そこはまだよく分かっていない場所かもしれない。
- 見えないところを、想像で勝手に埋めなくていい。「ここから分からない」と分かることにも意味がある。
- 言葉では分かった気がするときほど、「頭の中で実際に動かせる?」と確かめてみる。
見えなくなるところ
机の上に、ハガキが一枚ある。
宛名を書いて、切手を貼って、ポストへ入れる。三日後、相手の家に届く。
ここまでを、いま、頭の中で見てください。
ポストの口。手を離す。落ちる音。
そこまでは、たぶん色までついている。赤い箱、口の金具、内側の暗さ。
その次。
回収に来る人がいる。何時ごろでしょう。車ですか、バイクですか。何に入れて運びますか。
一つずつ聞かれると、映像が急に薄くなる。
局に着く。そこで何が起きていますか。
たぶん、たくさんの人が忙しくしている、という程度で止まる。何人ですか。台は何台ありますか。あなたのハガキは、どちらの向きで置かれていますか。
見えない。
目を開けて、いま見えていたものを思い返してみてください。
ポストの赤。運ぶ人は、輪郭だけで顔がない。局の中には、色そのものがなかった。
一続きに見えていた映像は、数か所しか塗られていなかった、ということになります。
見えないことは、失敗ではありません。
いま起きたのは、知らない場所が、はじめて形を持ったということです。「郵便のことは、だいたい分かっている」という言い方には、さっきまで、どこにも切れ目がなかった。
説明を聞いて分かった気になるとき、頭の中には、言葉だけが残っていることがある。言葉は、どこも欠けていない顔をしている。動かしてみると、必ずどこかで止まる。
止まった場所が、まだ理解していない場所です。
説明の中の数字でも、同じことが起きます。
三日後、と書きました。では、そのハガキは三日のあいだ、どこにいるのでしょう。三日を、三つの夜として見ようとすると、たいてい二つ目の夜で止まる。数字は一文字で書けるので、欠けているところが見えない。
もう一度、別のところで試してみてください。
三日後の朝。相手の家のポスト。
誰が取りに出ますか。何時ですか。手はどちらから入れますか。
こちらは、さっきより見えるかもしれない。
見える場所と見えない場所は、知識の量の順には並んでいない。よく知っているつもりの流れの途中に、まだらに、黒いところがある。
黒い場所は、たいてい、自分がそこへ行ったことがないところです。行ったことのある場所は、聞かれる前から色がついている。
薄くなった映像を、無理に濃くしなくていい。濃くすると、たいてい、どこかで見た絵を借りてきてしまう。借りた絵は動かない。動かないものは、次にどこで止まるかも教えてくれない。
ハガキに戻ります。
切手を貼る。指の腹で、角のほうから押さえる。
ここは、はっきり見える。
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