
これだけ覚えよう
- 全部分かってから決めようとしても、全部は分からないことがある。
- もう少し直せば良くなるかもしれない。でも、締切が来れば、どこかで出さなければならない。
- 「まだ直せる」と「今、直すべき」は同じではない。
- 今決めなくてよいことは「次に直す」と残して、今決めることだけ決めてもいい。
- 決めるとは、100%の正解を待つことではなく、今ある材料で区切りをつけること。
校了の時刻が近い。
机に、紙の束がある。指で持つと、厚みが少しある。角が一箇所、めくれて丸くなっている。赤鉛筆で丸を付けた箇所が、三つ。
一つ目、見出しの言い回し。二つ目、写真に添えた一行。三つ目、終わりから四つ目の段落の順番。
三日前は、丸が十一あった。八つは消えた。五つは事実の確認で、二つは数字、一つは人の名前の字だった。残りの三つは、消えないまま三日ここにある。
印刷所から、短い連絡が来る。
十七時までにいただければ、明日の便に乗ります。
倉庫では、紙がもう積んである。断裁の機械は、明日の朝だけ空いている。書店の担当者が、来週の棚を一段空けて待っている。十七時を過ぎれば、明日の便が明後日になり、棚の一段が二日ぶん白いままになる。
机の端で、紙コップの中身が冷めている。隣の席の人が、お先に、と言って出ていく。
電話が一度鳴って、切れる。かけ直さない。
一つ目の丸を、消しゴムで消す。見出しを、短い方へ直す。読み違えた人が二人いた箇所だった。二人とも、同じところで止まっていた。
残りの二つには、それがない。写真の一行を読んで止まった人は、まだ誰もいない。段落を入れ替えた版は、誰も読んでいない。
机の下で、足を組み直す。もう一度、写真の一行を読む。重い。三日前も重かった。入れ替えた順番を、頭の中で並べ直す。どちらも、直せばよくなるかもしれないし、ならないかもしれない。今日中に、それが分かる方法がない。
二つ目の丸の脇に、赤鉛筆で二文字書く。
次版
三つ目の丸の脇にも、同じ二文字を書く。
赤い丸は、消さない。二つ、紙の上に残ったままである。
印刷所から、もう一度短い連絡が来る。
あと十分で、こちらを出ます。
窓の外が、少し暗くなる。蛍光灯の下で、赤い丸だけがよく見える。
受け取りに来た人が、廊下で待っている。声はかけてこない。
十六時五十二分。窓の外を、荷を積んだ車が一台出ていく。
正しさは決まらなかった。時刻だけが来た。
紙の束を揃える。角を机に二度叩く。棚の二段目から封筒を出して、そこへ入れる。封はしない。
廊下へ出て、渡す。
相手が階段を下りる。足音が遠くなり、扉が閉まる。
机の上に、赤鉛筆が転がっている。芯が、少し丸くなっている。
この考え方を普通の言葉で読む
→ 解説版で読む

