思考OS 第2章|論理の運び

これだけ覚えよう

  • 自分には分かる話でも、途中を飛ばすと相手にはつながって見えない。
  • 「AだからCです」だけで分からないなら、間にある「AだからB」「BだからC」を置いてみる。
  • 「なぜそう言えるの?」と聞かれたら、相手が分からないのではなく、途中が抜けているのかもしれない。
  • 自分の考えを確かめるときも、「その一つ前は?」と順番に戻ってみる。
  • 相手も自分も、同じ道をもう一度たどれるように話をつなぐ。

石を、置く

「なぜ、そう言えるの?」

説明していて、そう聞かれたことはないだろうか。

自分の中では、つながっている。

けれど、相手には、話が飛んで聞こえている。

頭の中では、川を渡りきっている。

こちらの岸から、向こうの岸まで。

けれど、話すときには、渡った石を、相手の前に一つずつ置き直さなければならない。

自分に見えている石は、相手には見えていない。

前提から結論まで、相手が渡れる順に石を置くこと。それが、論理の運びである。

考えている本人は、いくつもの石を、一足で飛び越している。

何度も渡った川だから、どこに石があるか、体が覚えている。

だから、こう言ってしまう。

「要するに、こうなるよね」

聞いているほうは、途中の石が見えないまま、いきなり向こう岸を指さされている。

飛べる人には、飛び石に見える。

渡れない人には、切れた道に見える。

賢い人の話が分からないとき、こちらの頭が悪いとは限らない。

石の間隔が、開きすぎているだけのことがある。

その人は、たくさんの石を一足で越えられる。だから、間を置かない。

本当に説明のうまい人は、逆をやる。

相手の足が、次にどこへ届くかを見て、そこに石を置く。

届かない場所に石があれば、間へもう一つ足す。

自分の考えを確かめたいときも、同じことをする。

自分の考えにも、同じ石を置き直してみる。

なぜ、そう言える。

その一つ前は。

さらに、その一つ前は。

たどっていくと、どこかで、石のない場所に足が沈む。

「なんとなく、そう思っていた」

そこが、抜け落ちていた一段である。

自分では渡ったつもりで、実は飛んでいた場所だ。

順に置くのは、退屈な作業に見える。

近道を知っている人ほど、途中を省きたくなる。

けれど、省いた一段は、いつか誰かがつまずく。

自分がもう一度その道を通るときにも、同じ場所で足が沈む。

向こう岸は、見えている。

問題は、そこまで、相手が渡れるかだ。

石を、一つずつ、置く。



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