感情OS 第15章|完璧主義崩し

これだけ覚えよう

  • 完璧に準備してから始めようとすると、いつまでも始められないことがある。
  • 実際にやってみないと分からないことは、準備を続けているだけでは見つからない。
  • 曲がった畝でも、植えたからこそ「ここだけ土が固い」と気づける。
  • 完璧を求める気持ちの中には、失敗そのものより「失敗を人に見られたくない」気持ちが隠れていることもある。
  • まず外に出せる形まで作り、やって分かったことを次に直す。

畝が曲がる

畑を借りて、二年目になる。

一年目は、何も植えなかった。

土を掘り返して、石を拾って、また掘り返した。本を三冊読んだ。土の酸度を測る道具も買った。準備をしているあいだ、失敗はしなかった。

失敗しなかったので、収穫もなかった。

二年目の春、また同じことを始めかけて、手が止まった。

このやり方だと、土がいい状態になった年には、たぶん、こちらは飽きている。

だから、その日のうちに植えた。

畝は曲がった。間隔もそろっていない。深さも、たぶん場所によって違う。

植えてから、後ろを見ると、線が波打っている。

三週間して、出方に差が出た。

畝の端のほうだけ、育ちが遅い。掘ってみると、そこだけ土が固かった。一年目に掘り返したときも、たぶん端は手を抜いていた。

それは、本には書いていなかった。

一年目に測った酸度は、正しかったのだと思う。ただ、酸度は、端の土が固いことを教えてくれない。

固いところは、来年、先に掘る。

分かったのは、植えたからだ。

完璧に整えてから始めよう、というのは、失敗しないためではなかった。

失敗が、外に出ないようにするためだった。準備をしている一年、こちらは誰にも何も見られていない。曲がった畝は、通りかかった人に見える。見えるところに置くのが、こわかった。

いま、曲がった畝が、道から見える。

隣の区画の人が、それを見て、水は朝のほうがいいよ、と言った。

去年は、誰も何も言わなかった。

秋に、少し採れた。

形は不ぞろいで、大きさもばらばらだった。

来年は、端から掘る。


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