
これだけ覚えよう
- 「もし○○がなかったら?」と、わざと条件を一つ変えて考えてみる。
- たとえば「もし時計がなかったら?」と考えると、待ち合わせや学校や仕事が何に支えられているか見えてくる。
- 普段は当たり前すぎて見えないものも、いったん消してみると役割が分かることがある。
- 本当にそうする必要はない。頭の中だけで条件を変える実験でいい。
- 仕組みが分からないときは、「もしこれがなかったら、何が変わる?」と考えてみる。
町から、時計を消す。
一日だけ。壁のも、駅のも、手首のも、画面の隅の小さな数字も。日は昇る。影は伸びる。腹は減る。数字だけが、町から抜けている。
目が覚めるのは、光による。起き出すのは、隣の家の戸が開く音による。パン屋の煙突から煙が出ているのを見て、遅い方の朝だと知る。
駅へ行く。電車は来る。七時十二分の電車としてではなく、前の一本が出てからそのくらい経った電車として来る。ホームでは、先に立っていた人から順に乗る。並び方が変わったことに、誰も気づいていない。
会社の入口で、遅刻という言葉が使えなくなっている。誰かが遅れて入ってくる。遅れたと言える人が、この町にいない。
学校では、先生が窓の外を見てから、休み時間を出す。子どもたちは、影が校庭のどこまで伸びたかで、次の授業を待つ。
店は、客の減った頃に閉める。人は、腹の減った頃に食べる。昼という言葉が、量の名前になる。
待ち合わせは、昼過ぎに、あの木の下で、という形になる。先に着いた方が待つ。
木の下で、本を一冊読み終えた人がいる。木の下で、四回立ち上がってから帰った人がいる。次の用事のない人は、いくらでも待てる。子どもを預けている人は、待てない。診察の順番を取ってある人も、待てない。荷を運ぶ人は、待っているあいだ、荷を持ったままでいる。
郵便を配る人は、いつもの順で回る。順が同じなので、家の側は、二軒前の戸が開く音で待てる。
港では、船頭が客の頭数を数えている。集まれば出す。集まらなければ、出さない。何人で出すかは、船頭が決める。
日が高くなったころ、丘の上で鐘が鳴る。
一つ鳴れば、市が開く。三つ鳴れば、船が出る。分かりやすいので、町の全員がそれを使いはじめる。木の下の人も、鐘を数えるようになる。
一度、鳴るはずの刻に鐘が鳴らなかった。船は出なかった。それからは、港へ行く人が、丘を見上げてから坂を下りるようになる。
鐘を鳴らす人は、いつのまにか、船の出る時刻を決める人になっている。
外したのは、一つだけだった。
夕方、時計を戻す。
秒針が動きだす。駅に時刻表が戻る。皆が一度立ち止まって、それを見る。七時十二分、と書いてある。木の下の人が手首を上げ、また下ろす。
店の扉に、開店時刻の札が戻る。手首の上で、数字が二分ずれているのを直す。丘の鐘は、正午と夕方だけ鳴るものになる。
三時、という二文字で、会ったことのない人の一日まで開く。
夜、誰かが短く書く。
明日、三時に。
この考え方を普通の言葉で読む
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