
これだけ覚えよう
- 間違えたら、正しい答えだけでなく「なぜ間違えた?」も残しておく。
- 「符号を写し間違えた」「問題文の『でない』を飛ばした」「似た公式と混ざった」など、間違い方には種類がある。
- 同じような間違いがたまると、自分がどんなときに間違えやすいかが見えてくる。
- 全部の問題を記録する必要はない。繰り返したくない間違いを集めればいい。
- 間違いノートは「できなかった記録」ではなく、「次に気をつける場所の記録」。
間違いには、顔がある
熱いやかんに触ってしまった子は、二度と触らない。
たった一回で、完璧に覚える。誰も復習させていないのに。
それなら、なぜ、同じ問題は三回も間違えるのだろう。
やかんには、答えが一点で書いてある。手を触れた。熱かった。
原因と結果が、隣り合っている。
けれど答案の赤い印は、そこが違う、としか言っていない。
なぜそうしたのかまでは、書いていない。
そして多くの場合、間違えた答えは消しゴムで消され、上から正しい答えが書かれる。
間違えた瞬間、インクは濃くなっている。
悔しい。恥ずかしい。えっ、違うのか。
感情記憶の章で見たとおり、心が動いた分だけ、記憶は濃く残る。
つまり間違いは、こちらが買った覚えのない、上等なインクである。
それを、答えを書き直しただけで乾かしてしまうのは、もったいない。
間違えた経験を、恥ではなく、自分の癖の記録として使うこと。それが、失敗記憶である。
道具は、一冊のノートでいい。
繰り返したくない間違いだけを、そこへ集める。
正解できた問題は、載せない。すでに歩ける道を何度も歩くのは、時間の使い方としてもったいないからだ。
市販の問題集は、万人のために作られている。
このノートには、あなたの穴の場所だけが載っている。
世界に一冊しかない教科書は、たいてい、いちばん汚いノートである。
ただし、正しい答えを書き写すだけでは、まだ半分だ。
もう一行、足してほしい。
なぜ、そう間違えたのか。
符号を写し間違えた。
問題文の「でない」を読み飛ばした。
似ている公式と、混同した。
答えだけ直した人は、同じ穴にもう一度落ちる。
穴の位置と形を書き残した人は、次にその手前で、足が止まる。
三回も書けば、気づく。
間違いには、顔があるのだ。
急いでいるときは、符号を落とす。
疲れているときは、条件を読み飛ばす。
自信のある単元ほど、確かめずに進む。
その顔は、間違えた本人にしか見えない。そして、書き残した人にしか見えてこない。
やかんの子は、二度と触らない。
どこが熱かったのかを、正確に知っているからだ。
今日のペケの隣に、一行だけ足しておく。
なぜ、そう間違えたのか。
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