
子どもの単語帳は、
角が折れている。
赤シートも、くたびれている。
「三周した」と、本人は言う。
嘘ではないのだろう。
でも、テストの余白には、
空欄が並んでいた。
三周、通り過ぎただけの道に、
住人は、いなかった。
英単語が覚えられないときに、この章で見ること
単語帳を何周しても残らないとき、全部の単語へ同じ手間をかける必要はありません。一度で入るもの、数回の反復で残るもの、何度やっても弾かれるものを分け、最後の一部にだけ強い道具を使います。この章では、音・映像・出来事・場所へ変換する手順を扱います。
英単語は、なぜこんなに覚えにくいのか
第3部では、ここまでに渡した型を、教科ごとの現場に降ろしていく。先頭は、家庭の悩みの定番、英単語だ。
まず、敵を知るところから。英単語は、覚えにくくて当然の性質を持っている。
考えてみてほしい。「swift ── 素早い」という一行は、子どもにとって何なのか。
見たことのない文字列と、日本語の単語が、ハイフン一本でつながれているだけ。音は日本語とずれている。意味の手がかりは綴りのどこにもない。使う場面も浮かばない。枝が、一本も生えていない。第2章の言葉で言えば、名札のない客が、玄関に千人並んでいる状態だ。
単語帳を三周するというのは、この千人の顔を、三回眺めることに近い。眺めた回数だけ顔見知りになれるなら苦労はないが、記憶はそうできていない。
だから、戦い方を変える。一人ずつ、名前の音を聞き、顔を作り、事件を起こし、家に住まわせる。
音 → 映像 → 出来事 → 場所。
この四段変換が、英単語攻略の全体図だ。順にやってみる。
abscond ── 一単語の、完全な手順
見本に、一単語をゆっくり変換してみせたい。abscond。「(こっそり)逃亡する」という意味の、なかなか手ごわい単語だ。
手順1。音を聞く。
綴りを見る前に、音を口に出す。アブスコンド。何度か転がす。
手順2。日本語の音を、探す。
アブスコンド……アブ、スコーン。虫のアブと、お菓子のスコーンが聞こえてくる。完璧に一致していなくていい。とっかかりになれば十分だ。
一つ、約束がある。アブもスコーンも、覚えるためのとっかかりであって、実際の発音そのものではない。変換が終わったら最後に一度、正しい音──音声つきの教材や辞書の読み上げで聞ける──を、口でなぞっておく。乗り物は日本語の音でいい。降りる駅は、本物の音だ。
手順3。意味とつないで、事件を起こす。
アブと、スコーンと、「こっそり逃げる」。三つを一つの場面にする。
──パン屋で、スコーンを盗んだ泥棒。店を出たところで、大きなアブに見つかった。ブンブン追い回されながら、泥棒はスコーンを抱えて、こっそり逃げていく。
手順4。よく知った場所へ、置く。
自分のパレスの一地点を選ぶ。たとえば玄関。ドアを開けた瞬間、あの泥棒が入れ違いで逃げていく──事件を、その地点に重ねるだけでいい。
仕上げ。両方向を確認する。
道を、両方向に歩いてみる。abscondと聞く。玄関、アブ、スコーン、泥棒が裏口から……「こっそり逃げる」。行きの道が通った。今度は逆から。「こっそり逃げる」……あの泥棒だ、スコーン、アブ、abscond。帰りの道も通った。
ここまで、慣れれば一分半ほどだ。
ばかばかしさは、第2章で保証済みである。まじめな貼り合わせ三十回より、ばかばかしい事件一回のほうが残る。そしてこの単語は、もう「見たことのない文字列」ではない。音と、映像と、事件と、感情(アブに追われる焦り)の枝がついた、顔見知りになった。
場所に、住まわせる
地点は、自分がよく知っている場所であるほど強い。第5章のパレスが、ここでも土台になる。
私の実例を出す。awryという単語がある。「ねじれて、計画が狂って」という意味で、これも綴りからは何も浮かばない難物だ。
私はこれを、自分のパレスの六番地──ゲーミングチェアに住まわせた。
椅子に、荒井さんという人が座っている。ただし、座り方がおかしい。体が雑巾のようにねじれて、あらぬ方向を向いている。荒井さんが、ねじれている。awry、「ねじれて、うまくいかない」。
以来、awryを見ると、まずあの椅子が浮かぶ。椅子の上の荒井さんが浮かぶ。ねじれが浮かぶ。意味が出る。何年たっても、この道は埋もれていない。六番地の椅子は毎日目に入る。見るたび、ねじれた荒井さんをちらりと思い出すので、会いに行く工程が、生活の中で回り続けているからだ。
音で顔を作り、事件で命を吹き込み、場所で番地を与える。ここまでやった単語は、もう単語帳の一行ではない。あなたの街の住人である。
出来事で覚えた単語は、使える
この覚え方には、副産物がある。使えるのだ。
「swift ── 素早い」という貼り合わせで覚えた単語は、和訳専用になりがちだ。英文の中でswiftを見れば「素早い」と出るが、自分が英語を書くときには出てこない。場面の枝がないから、使いどころがわからない。
一方、出来事で覚えた単語には、場面が最初からついてくる。abscondには「盗んで、追われて、玄関から」という状況が焼きついている。だから、「犯人が資金を持って姿をくらました」という文脈に出会ったとき、向こうからabscondが顔を出す。もちろん、場面の枝だけで語法や文型まで身につくわけではない。ただ、使いどころの見当がつく単語は、その先の練習に載りやすい。
子どもへの質問も、ここに一本足しておくといい。
「それ、どんなときに言う言葉だと思う?」
訳ではなく、場面を答えさせる。単語が、テスト用の暗号から、言葉に変わっていく。
全部の単語に、やるのか?
ここで、当然の疑問が出る。この手間を、単語帳の全部にかけるのか?
かけない。かける相手を、選ぶ。
単語は、三種類に分かれる。
一度で入る単語。似た語を知っていたり、音が意味と合っていたりして、すっと入る。──何もしなくていい。
数回で入る単語。第3章の日程表どおり、間隔をあけて会いに行けば定着する。──普通の反復でいい。
そして、何度やっても弾かれる単語。三周しても、五周しても、そのたびに初対面の顔をしてくる常連客。──こいつにだけ、四段変換を使う。
体感で言えば、百個のうち、本当の常連は十五個から二十個ほどだ。全体の二割に、道具を集中投下する。残り八割は、軽い反復で流す。この配分ができると、労力は激減する。
では、単語帳は何のためにあるのか。
出席簿である。覚えるための道具ではなく、誰が定着していて、誰が欠席し続けているかを見つけるための道具。赤シートで隠して思い出そうとする行為は、第4章で見たとおり、想起の練習として悪くない。ただしその本領は、覚えることではなく、常連客をあぶり出すことにある。あぶり出したら、四段変換に回す。単語帳とパレスは、こうして分業する。
親は、英語ができなくていい
最後に、親の役割の話をしたい。この章を読んで、「でも私、英語が苦手で」と思った人へ。
朗報だ。四段変換に、英語力はほとんどいらない。必要なのは、音で遊ぶ発想力で、これは実のところ、子どものほうが上手い。
親の仕事は、正しい語呂を用意することではない。質問することだ。
「その単語、どんな音に聞こえる?」
「日本語で、似てる音ない?」
「じゃあ、どんな事件にする?」
「どこの家に住まわせる?」
親は壁打ちの壁になればいい。子どもがひねり出した語呂が多少強引でも、採用する。第2章の原則どおり、本人が作った道は、借り物の道より太い。市販の語呂合わせ本より、その場で親子が笑いながら作った一本のほうが、よほど残る。
英語が得意な親より、一緒にふざけられる親のほうが、この章では強い。
今週の小さなワーク
子どもの単語帳から、常連客を三匹だけ捕まえる。何周やっても弾かれる、あの顔ぶれだ。
そして三匹に、四段変換をかける。音を転がし、事件を作り、笑い、家に住まわせる。三匹で十分。今週はそれ以上やらない。
翌日と三日後に、「あの泥棒、まだいる?」と会いに行く。常連客が三匹とも定着したとき、子どもの中で何かが変わる。「何度やっても無理な単語」というカテゴリーが、この世から消え始めるのだ。あれは、無理な単語ではなかった。道具が違っただけだった──と。
ChatGPTに聞くなら
「英単語『reluctant(気が進まない)』を覚えたい小学6年生がいます。①発音に近い日本語の連想、②意味につながる変な事件、③自宅のどこに置くとよいか、の3点を、少し笑える形で3案ずつ出してください。子どもが自分で選べるようにしてください」
三周した単語帳の中で、住人になれた単語と、通り過ぎられただけの単語がいる。
差は、回数ではなかった。
単語は、訳ではなく、出来事で覚える。事件のあった単語だけが、この家に残る。

