
これだけ覚えよう
- 細かいところを見る前に、まず全体をざっと見る。
- 合唱なら、自分の八小節だけ練習するより、曲全体の中で「ここはどんな場所か」を知ったほうが歌いやすい。
- 同じ部分でも、全体のどこに置かれているかで役割が変わることがある。
- 最初から全部を細かく理解する必要はない。「だいたいこんな形」を先につかめばいい。
- 全体を見るのは、細かい部分を覚えるための「置き場所」を先に作ること。
八小節
配られた紙には、八小節だけが書いてある。
自分の八小節。
音を取る。何度も取る。取れているのに、どこにも置けない。
指揮者の手が上がるたび、小節を数える。数えているあいだは、歌えない。
隣の人も数えている。全員が、自分の八小節だけを持って立っている。
指揮者が、ピアノで一度だけ、最初から最後まで弾く。速く、粗く。細かいところは飛ばして、輪郭だけ。
三分。
そのあいだに、自分の八小節が二度、通り過ぎた。
一度目は、いくつもの声が重なっている中を。
二度目は、ほとんど何も鳴っていないところを。
紙の上の音符は、一つも変わっていない。
けれど、二度目の八小節は、さっきまでの八小節ではなくなった。ここは、まわりが引くところだ。だから、大きく出るのではなく、置きにいく。
一度目のほうは、逆だった。あそこで自分の声は、他の声の中へ沈む。沈むように書かれている。強く出せば、そこだけが壁になる。
同じ八小節が、二度とも違う仕事をしていた。紙の上では、二度とも同じ顔をしていた。
置かれている場所が違えば、頼まれていることが違う。紙は、その違いを書いてくれない。
三分のあいだ、自分は一度も歌っていない。
部分だけを見ているあいだ、正しく歌うことはできる。どこへ向けて歌うのかが分からないだけだ。
三分の演奏は、飛ばしてばかりだった。前奏も、繰り返しも、途中の長い部分も、ほとんど鳴っていない。
それでよかった。全部を覚えるために聞いたのではない。八小節を受け取る場所を、先に作るために聞いた。
曲を分かったとは、まだ言えない。題名の意味も、途中で何が起きているのかも言えない。輪郭だけの三分は、輪郭のままだ。
それでも、八小節は置けた。
隣の人が、自分の四小節を差し出して聞く。
これ、どこ。
終わりから三つ目の、静かになるところ。
答えられたのは、粗い三分を通ったからだ。
もう一度、自分の八小節を歌ってみる。
音は、何も変えていない。変わったのは、息の入れ方だ。前の小節の残りが消えるのを待ってから入る。待てるのは、そこに何があるかを知っているからで、紙にはそれが書かれていない。
練習が終わる。紙は同じ紙のまま、鞄へ入る。
増えたのは、八小節の前と後ろにある時間のほうだ。
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