感情OS 第6章|喪失を急いで埋めない

これだけ覚えよう

  • 大切なものを失ったあと、すぐに別のもので埋めたり、良い意味を見つけたりしなくてもいい。
  • なくなったものがあった場所は、しばらく「ない場所」のまま残ることがある。
  • 「これがなくなったおかげで良かった」と、無理に前向きな話に変える必要もない。
  • 失った感じが残っていることと、毎日の生活が進んでいくことは、両方あっていい。
  • いつ薄くなるかを決めなくてもいい。残っているものを残したまま、今日を過ごすこともできる。

床の四角

大きな家具を運び出したあと、床に四角が残った。

そこだけ、色が違う。

まわりの床は十年分、日に焼けている。四角の中だけが、置かれた日のままの色をしている。

掃除機をかける。

四角は消えない。

何度かけても消えないと分かってから、人が来るたびに説明するようになった。ここに、大きいのがあって。前は、ここに。

説明しているあいだ、四角のことを話しているのに、四角のことは何も言っていない。

しばらくして、小さな棚を置いてみた。

四角のほうが大きかった。

棚の両側から、色の違う床が出ている。置く前より、はっきり見えるようになった。

棚をどける。

何も置かない床に戻る。

まわりが日に焼けたから四角ができたのであって、四角のほうが欠けたわけではない。時間のほうが、そこだけ通らなかった。

通らなかった時間は、あとから足せない。

日によって、四角の見え方が違う。

朝は、目に入らない日がある。夕方は、光が低くなるので、境目がはっきりする。来客のある日は、こちらが先に見てしまう。

見え方が違うだけで、四角は毎日そこにある。

意味を探そうとしたことがある。あれがなくなったから、部屋が広くなった。掃除がしやすくなった。そう言えなくはない。

言えなくはないが、言ったあと、床を見るのが少し嫌になる。

前へ進んでいないわけではない。この部屋で、毎日、食べて、寝ている。仕事にも行っている。四角があることと、日々が進むことは、同じ場所で両立している。

いつか、まわりの床がもっと焼けて、境目が薄くなる日が来るかもしれない。

来ないかもしれない。

どちらでもいいことにして、今日は、そこを踏んで通る。


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