
これだけ覚えよう
- 大切なものを失ったあと、すぐに別のもので埋めたり、良い意味を見つけたりしなくてもいい。
- なくなったものがあった場所は、しばらく「ない場所」のまま残ることがある。
- 「これがなくなったおかげで良かった」と、無理に前向きな話に変える必要もない。
- 失った感じが残っていることと、毎日の生活が進んでいくことは、両方あっていい。
- いつ薄くなるかを決めなくてもいい。残っているものを残したまま、今日を過ごすこともできる。
床の四角
大きな家具を運び出したあと、床に四角が残った。
そこだけ、色が違う。
まわりの床は十年分、日に焼けている。四角の中だけが、置かれた日のままの色をしている。
掃除機をかける。
四角は消えない。
何度かけても消えないと分かってから、人が来るたびに説明するようになった。ここに、大きいのがあって。前は、ここに。
説明しているあいだ、四角のことを話しているのに、四角のことは何も言っていない。
しばらくして、小さな棚を置いてみた。
四角のほうが大きかった。
棚の両側から、色の違う床が出ている。置く前より、はっきり見えるようになった。
棚をどける。
何も置かない床に戻る。
まわりが日に焼けたから四角ができたのであって、四角のほうが欠けたわけではない。時間のほうが、そこだけ通らなかった。
通らなかった時間は、あとから足せない。
日によって、四角の見え方が違う。
朝は、目に入らない日がある。夕方は、光が低くなるので、境目がはっきりする。来客のある日は、こちらが先に見てしまう。
見え方が違うだけで、四角は毎日そこにある。
意味を探そうとしたことがある。あれがなくなったから、部屋が広くなった。掃除がしやすくなった。そう言えなくはない。
言えなくはないが、言ったあと、床を見るのが少し嫌になる。
前へ進んでいないわけではない。この部屋で、毎日、食べて、寝ている。仕事にも行っている。四角があることと、日々が進むことは、同じ場所で両立している。
いつか、まわりの床がもっと焼けて、境目が薄くなる日が来るかもしれない。
来ないかもしれない。
どちらでもいいことにして、今日は、そこを踏んで通る。
この考え方を普通の言葉で読む
→ 解説版で読む

