記憶OS 第3章|感情記憶

これだけ覚えよう

  • 驚いたこと、うれしかったこと、悔しかったことは、あとまで覚えていることがある。
  • 勉強でも、ただ答えを見るより、先に「たぶんこうだ」と予想すると、当たり外れで気持ちが動く。
  • 「えっ、そうなの?」と思った知識は、その驚きごと覚えやすくなることがある。
  • 好きなものや、自分に関係するものとつなげるのも一つの方法。
  • 覚えたいことを全部感動的にする必要はない。少し「自分に関係ある話」にできれば十分。

記録係は、えこひいきする

初めて自転車に乗れた日の風を、覚えている。坂の途中で、後ろの手がもう離れていたことに気づいた瞬間まで。

なのに、先週の火曜日の昼食が出てこない。食べたはずなのに。

記録係は、公平ではない。

えこひいきの基準は、はっきりしている。

心が動いたか、どうか。

嬉しかった。怖かった。恥ずかしかった。驚いた。

その場面は、頼んでもいないのに、濃いインクで書かれている。

心が動かなかった一日は、同じ色の紙に紛れていく。

無感動な暗記が薄いのは、頭が悪いからではない。薄いインクで書いているからだ。

このえこひいきには、理由があるらしい。

大昔、覚え間違いは命に関わった。どの実で腹を壊したか。どの茂みに蛇がいたか。一度で覚えなければ、二度目がなかった。

だから、心が強く動いたときには、濃く書き残せという合図が出るらしい。

感情は、記憶の邪魔者ではない。インクの濃さを決めているほうだった。

では、机の上で、どう心を動かすか。

いちばん安いのは、驚きである。

「えっ、そうなの」

この一言が出た知識は、なぜか忘れない。

コツは、読む前に賭けることだ。

答えを見る前に、「たぶん、こうだろう」と決めておく。当たれば、嬉しい。外れれば、「えっ」が起きる。どちらに転んでも、心は動く。

ただ読む人と、賭けてから読む人では、同じ一ページのインクの濃さが違う。

好きな分野なら、いくらでも覚えられる。

ゲームのキャラクター。推しの誕生日。贔屓のチームの選手名。

外から見れば、才能に見える。

けれど好きなものの前では、心が動き続けている。インクが、濃いまま流れ続けている。

苦手な科目を丸ごと好きになるのは難しい。でも、その中に一人だけ推しを作ることはできる。

歴史が退屈なら、誰か一人を選ぶ。その人が負けた戦を、少し悔しがってみる。

一点から、インクは滲んで広がる。

もうひとつ、強い照明がある。

「もし、自分だったら」

幕末の判断を読むとき、その席に座ってみる。裏切るか、耐えるか。

心理学の言葉を読むとき、去年の自分に当てはめてみる。あのとき、なぜあちらを選んだのか。

他人事は、暗い客席で観る芝居だ。自分事は、舞台の上である。

同じ話でも、当たっている光の量が違う。

先週の火曜日の昼食は、薄い紙のまま、束の中へ紛れた。

それで困らない記憶もある。

覚えておきたいものの前でだけ、先に賭けて、推しを作って、舞台に上がる。


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