
これだけ覚えよう
- 言葉だけであいまいなときは、「何で決まっているのか」を一行にしてみる。
- たとえば「部屋が片づいて見える = 床に物が少ない」のように書くと、自分が何を見て判断していたか分かる。
- 数字や難しい数学を使わなくてもいい。「Aは、BとCで決まる」のように書くだけでもいい。
- 一行にすると、「入れたもの」と「入れ忘れたもの」が見つけやすくなる。
- 式にしたから正しいわけではない。「この式に入っていない大事なものはない?」と確かめる。
何を数えているか
同じ部屋を見て、片方は片づいていると言い、片方は言わない。
嘘をついている人はいない。話が合わないだけで、それが何日か続く。
言葉をやめて、一行にしてみることにする。
紙に書く。
片づいて見える = 床に出ているものが少ない
自分の式は、これだけだった。書いてから驚く。床しか入っていない。
同居している人にも書いてもらう。
片づいて見える = 机の上に、手を置ける平らな面が残っている
二つを並べる。
どちらが正しいか、という話ではなくなる。出てきたのは、二人が何を数えていたかだ。こちらは足元を見ていた。相手は、手を下ろす場所を見ていた。
言葉で三日話しても出てこなかったものが、二行で出た。短いからではない。何を入れ、何を入れなかったかが、式では隠せないからだ。
どうして床なのか、と考える。部屋へ入ってくるとき、最初に目へ入るのが床だからだ。相手は、この部屋で座っている時間が長い。座っている人の目の高さには、床はあまり入ってこない。
同じ部屋にいても、要素を拾う高さが違っていた。
式の外に落ちたものを、数えてみる。
匂い。窓が開いているかどうか。今日、人が来る予定があるかどうか。音。床の色。
多い。どちらの式も、部屋のごく一部しか拾っていない。
狭いこと自体は、悪くない。狭さの形が見えることのほうが大きい。自分がこの部屋の何を見ていないのかは、部屋を眺めても分からなかった。一行にしたときだけ、輪郭が出た。
落としたものの中には、落として当然のものもある。床の色は、片づいて見えるかどうかとは別のことだ。けれど、人が来る予定は、たぶん別ではない。人が来る日は、こちらの式のほうが急に厳しくなる。書いた式には、その日のことが入っていない。
ここで、気をつけることがある。
この式で部屋がきれいになるわけではない。
一度、床に出ているものの数へ、その大きさを掛けてみようとした。厳密になった気がした。けれど、確かめる方法は一つも増えていない。増えたのは、それらしさだけだった。
等号も、記号も、正しさを足さない。式が本当らしい顔をしはじめたら、外へ落としたものを、もう一度数える。
相手の式にも、同じことを聞いてみる。どうして机の上なのか。ここで書きものをするから、と返ってくる。式は、その人がその部屋で何をしているかのほうから出てきていた。
二つを足してみる。
片づいて見える = 床に出ているものが少ない + 手を置ける平らな面が残っている
長くなった。覚えにくい。台所へ持っていくには不便な形になった。
それでも、この一行には二人の目が入っている。使いにくいが、これを見ながらなら、話が続く。
紙を、机の上に置く。
机の上の、平らな面が少し減る。
この考え方を普通の言葉で読む
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