
ゲームでは、同じ敵に10回、20回と負けても続ける。
ところが勉強では、一問の「×」で手が止まる。
そんな場面を見ると、
ゲームには根気があるのに、勉強には根気がない
と考えたくなります。
でも、見る場所は性格だけではありません。
失敗したあとに、次の一回へ使える情報が残っているか。
ここに大きな違いがあるかもしれません。
同じ「失敗」でも、その後に残るものが違う
ゲームで負けたとき、
- 第二形態まで行けた
- あの攻撃だけ避けられなかった
- 回復を早く使いすぎた
- 武器を変えればよさそう
のように、失敗の中に細かな情報が残ることがあります。
一方、勉強では、
×だけで返ってくることがあります。
もちろん採点としては必要です。
でも本人から見れば、
- 何が悪かったのか
- どこまでは合っていたのか
- 次に何を変えればいいのか
が分からない。
同じ失敗でも、その後に残る情報量は違います。
再挑戦につながる失敗には「次に変えるもの」がある
ゲームと勉強を比べるとき、次の4点を見ると分かりやすくなります。
- どこまでできたか
前回より先へ進めたのか。途中までは合っていたのか。 - どこで崩れたか
何が原因で負けたのか。どの式からおかしくなったのか。 - 次に何を変えるか
回復を遅らせる、装備を変える、符号を確認する、問題文の条件に線を引く。 - 変えたことをもう一度試せるか
修正した直後に試せるなら、
次はどうなるだろう
が生まれます。
失敗が終点ではなく、次の小さな実験の入力になります。
「惜しかった」だけでは説明できない
ゲーム研究にはnear-miss、つまり「惜しい失敗」を扱った研究があります。
Candy Crushではnear-missの後に継続欲求が高かったという報告があります。
一方、別のvideo game実験では同じ効果が確認されなかった例もあります。
つまり、
× 惜しい失敗なら人は必ずもう一回やる
とは言えません。
重要なのは「近かった」という距離だけでなく、
自分の行動を一つ変えれば、次は違う結果になるかもしれない
と見えることなのかもしれません。
ここは研究の直接結論ではなく、このサイト側の統合的な見方です。
勉強では、かなり進んでいても「また×」に見える
数学の問題で、
- 方針は正しい
- 式もほぼ正しい
- 最後の符号だけ間違えた
とします。
答案上は×です。
でも成功までの距離としては、かなり近い。
ゲームで言えば、BossのHPを95%削った状態に近いかもしれません。
ところが、その距離が本人に見えなければ、
また失敗した
で終わります。
逆に、たまたま正解した○でも、理解が浅いことはあります。
○×は結果であって、成功までの距離そのものではありません。
「もう一回やって」だけでは、次の一回は生まれないことがある
失敗した子に、
もう一回やってみよう
と言う。
それ自体が悪いわけではありません。
でも本人に、
- 何ができていたか
- どこで崩れたか
- 次に何を一つ変えるか
が見えていなければ、次も同じ失敗に見えます。
「頑張れ」より先に、
次に変えるものは何か
が見えているかを確認する。
この方が、再挑戦の条件を考えやすくなります。
失敗に強い子/弱い子だけで考えない
同じ子がゲームでは何十回も再挑戦できるなら、
失敗そのものに耐えられない
だけでは説明しにくい。
対象によって、
失敗から何が分かるか
が違う可能性があります。
この見方を入れると、
「この子は諦めが早い」
という人物評価から、
「この失敗から、次に何をすればいいか見えているだろうか」
という場面の分析へ移れます。
次は、一回の失敗ではなく「上達の途中」を見る
GAME-03で見たのは、
一回の失敗 → 次の一回
です。
でもゲームには、もっと長い時間のループもあります。
数回、数十回やるうちに、
- 前より見える
- 前よりできる
- 次に伸ばす場所が分かる
ようになる。
それが、続ける理由になることもあります。
研究について
失敗後の継続、near-miss、成功可能感などを扱った研究はありますが、結果は一貫していません。
この記事の、
- 「次の一手が残る失敗」
- 「失敗の情報密度」
- ○×と成功までの距離のズレ
という表現は、研究の直接用語ではなく、複数の研究と具体例をまとめたこのサイト側の分析です。
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