
これだけ覚えよう
- 30%は「起きる」でも「起きない」でもなく、「起きるかもしれない」という情報。
- 降水確率30%の日に雨が降る日もあれば、降らない日もある。
- 雨が降ったから「傘を持たなかった判断が絶対に間違い」、降らなかったから「正しかった」とは限らない。
- 結果を知ったあとでは、最初から結果が分かっていたように感じやすい。
- 判断するときは、結果ではなく「その時点で分かっていたこと」で考える。
四月のある朝、画面に三十と出ている。
画面の三十の下に、細い棒が並んでいる。夕方のところだけ、少し高い。
鞄の底に、折りたたみが入っている。骨が一本、内側へ曲がっている古いものだ。出すか、そのままにしておくか。玄関で少し迷って、そのままにする。空は、白い。
夕方、降る。駅を出たところで降りはじめ、家までの十分で肩が濡れる。軒下に三人が寄っている。傘を差した人が、そのあいだを通っていく。
五月のある朝、画面に三十と出ている。
棒の並びも、四月と同じ形をしている。夕方のところだけが、少し高い。
鞄の底に、同じ折りたたみが入っている。同じように迷って、同じようにそのままにする。空は、やはり白い。
夕方、降らない。西が赤くなる。駅前を、傘を持った人が、畳んだまま歩いている。乾いたまま帰る。
朝の数字は、どちらも三十だった。玄関に立っていた時間も、鞄の中身も、迷った長さも、同じだった。
違ったのは、夕方だけである。
濡れた上着を、風呂場の前に吊るす。滴が床に落ちる。
その夜、朝の空を思い出そうとすると、はじめから降る空だったように見える。雲の色まで思い出せる気がする。あのとき出しておけばよかった、という一文が、朝の記憶の上にかぶさる。
乾いた上着は、そのまま掛ける。
その夜、同じ朝を思い出すと、三十という数字が、はじめから薄すぎたように見える。持たなくてよかった、で終わる。それ以上は、思い出さない。
四月の夜に、降らなかった夕方はない。五月の夜に、降った夕方はない。どちらの夜にも、もう一方の空は残っていない。
結果は、来なかった未来を消すのがうまい。
恨まれた十秒と、褒められた十秒は、同じ十秒だった。鞄の底で折りたたみに触れていた指も、同じだった。夕方が、それを二つに分けた。
六月のある朝、画面に三十と出ている。
棒は、また同じ形をしている。
鞄の底へ、手を入れる。指が、曲がった骨に当たる。折りたたみを出して、上着のポケットへ入れる。柄が、少しはみ出している。
玄関のたたきが、まだ冷たい。
その日は、降った。
窓の内側から見る。ガラスの向こうで、雨が斜めに落ちている。
その同じガラスの向こうに、来なかった方の夕方も立っている。
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